スタッフブログ

2017年5月11日 木曜日

院長のお話(掲載記事より)

20年以上診察をしている
30代の患者さんのK君が、
この春に結婚するという報告を受けました。

K君は高校生の時に、レーバー病という不治の
難病で突然両目を失明しました。

この病名が診断された時、
私はK君とお父さんに治療方法がなく、
今後失明する可能性が高いことを説明しました。

しばらくの沈黙のあとで、K君は
「これまで同じ病気になった人の中で、
一番視力が戻った人と同じ治療をしてほしい」
と言いました。

私は出来る限り文献を読み、
この病気の第一人者と言われる先生にも
手紙を出して相談をしました。

しかし、K君は完全な失明はのがれたものの、
間もなく視覚身体障害者2級となりました。

医師になって数年目の私にとって、
10代の患者さんの視覚身体障害者書類を
書くことは初めてでした。

何も治療が出来ない無力さと申し訳なさから
書類を書いているときに涙がこみ上げて
きました。

彼は普通科の高校を退学せざるをえず、
2年間は現状を受け入れることが
出来ませんでした。
その後盲学校に入学、卒業し、
大学へ進学しました。

突然失明したため、日常生活への
影響が大きくてとても苦労しました。

引き続き努力を重ねて大学を卒業
したけれど、就職はさらに困難で、
しばらくは何もできない月日が
流れました。

2年後に、市職員の障害者枠として
就職が決まりました。
現在も公務員として頑張っている、
そんなK君が幸せをつかんでくれた
ことは自分のこと以上に嬉しく
思います。

K君が今回私に、
「本当にありがとうございます。」
と言ってくれました。

しかし、本当に感謝しなければ
ならないのは自分のほうではないかと
思っています。
「私にレーバー病、視覚障害者、
ロービジョンケアについて詳しく勉強
する機会を与えてくれてありがとう。」

でも、もっと大切なことは
「視覚という大切な機能を失っても、
頑張っている姿を見せてくれてありがとう。」
「諦めない勇気を教えてくれてありがとう。」
「私を眼科医として、一人の人間として成長
する機会を与えてくれてありがとう。」
など、お礼の言葉は尽きません。

その後も、何人か若くして失明する
患者さんに出会いました。

多くの患者さんが自暴自棄になって、
「先生は見えているから私の気持ちなんて
分からない!」と言いましたが、
「確かに本当の苦しみはわからない
けど、失明した患者さんと共に苦しんだ
経験から何かアドバイスができるかも
しれない」と根気よく話してきました。

すると殆どの人がやがて心を開いて
くれました。
これもK君の苦労を垣間見ることが
出来たおかげだと感謝しています。

これからもK君夫婦には幾多の困難が
待ち受けているでしょう。
私たちも出来るだけ困難を軽減できる
ように寄り添っていくつもりです。

名医に対して、医師を育ててくれる
「名患者」という言葉があるそうです。

私は全く名医ではありませんが、
K君という名患者に出会えたことは
大きな財産だと感じています。

           山崎 俊


投稿者 山﨑眼科